不眠症

私の不眠治療

睡眠は人の欲望の中でランク1位と言われています。
3日断食できても3日断眠はできません。

不眠は脳が学習して作られる
眠れないときの状況や不安、眠れないことへの心の緊張や苦痛を繰り返し脳が学習することによって、不眠症が形作られていきます。いうなれば、不眠症は自分の脳が作り出した病気です。

 

不眠治療に私があみ出した治療薬とは 

・睡眠は大切な役目 寝なきゃ損ばかり
睡眠は脳の疲れを取るうえで大切な役目を果たしています。脳の休息と脳活動でたまったゴミ(βアミロイドペプチド)の洗浄です。そして記憶の増強(LTP)と不要な記憶の消去(LTD)です。重くなったパソコンから不要なデータを消去すると容量に余裕が戻り動きが早くなります。脳も不要な記憶を消去することによって認知機能(記憶力)が良くなります。脳のゴミ掃除と記憶の整理整頓をしてくれる睡眠は認知機能と情緒の改善に貢献しています。

・学会主導で睡眠薬は悪者扱い
2015高齢者の安全な薬物治療ガイドライン、その前年2014年日本睡眠学会「睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン」と一部不一致な部分はありますが、効果のあるベンゾジアゼピン系睡眠薬、非ベンゾジアゼピン系睡眠薬はともに認知機能を抑制するとして悪者扱いされ、高齢者の認知症を促進すると認定されました。昔なじみの睡眠薬のほとんどが認知機能に悪いとして評価を下げられました。

・本当に睡眠薬は認知症につながるのか
認知症危険因子となる薬理作用は抗アセチルコリン作用、抗ヒスタミン作用、アドレナリン抗α1作用などです。残念ながら、このような危険因子を持たない薬は睡眠作用が弱く不眠症の治療薬としてあまり役に立ちません。
寝なければ脳の疲れは取れず、βアミロイドは蓄積し認知機能は低下します。長い外来の診療経管を通して面白いことに気が付きました。不眠を訴える神経質な人は認知症になりにくい。逆に軽度認知障害から初期認知症の方には不眠が少ないという現象です。私の出した答えは非睡眠薬で良眠を得られるお薬を少量ずつ組み合わせる方法です。

 

不眠治療への順番を考えてみましょう

不眠は認知機能を下げる ⇒ ではどうする!?
睡眠薬は認知機能を下げる ⇒ ではどうする!?

1)薬の前に生活習慣、睡眠環境の改善

2)不眠の原因となる病気の治療
⇒うつ、イビキ無呼吸、ムズムズ脚、レム睡眠行動障害、肩こり、頭痛、めまい、頻尿、腰痛、寝る前のスマホ・飲酒など

3)睡眠サプリメントを試す
プロスタグランジンは痛みを教え、体温中枢を設定し、睡眠を誘発するホルモンです。プロスタグランジンはアデノシンを誘発。アデノシンは視床下部の睡眠中枢にあるアデノシンA2Aを刺激し睡眠を誘発します。このアデノシンA2A受容体を刺激する物質が見つかれば不眠症の治療に革命がおこります。早速アデノシン擬似薬が続々と登場しました。睡眠サプリ酒精酵母6号、他にGABAL-テアニン、グリシンなどの睡眠サプリメントです。

4)メラトニンを試す
メラトニンは脳の松果体から分泌される睡眠関連ホルモンです。メラトニン自体には睡眠導入作用はありません。強力な抗酸化作用により成長ホルモンと協力して脳と体の疲労回復と活性化を図ります。結果として睡眠の質を高めます。内服は3㎎から始め、少量のマグネシウムと併用し予定就寝時刻の2時間程度前に服用、効果発現に1~2週間要します。

5)新世代睡眠薬を試す
覚醒ホルモンオレキシンの受容体拮抗薬であるスボレキサント(ベルソムラ10㎎、15mg、20㎎)はほぼ副作用はありませんが、まれに入眠時の異常な悪夢、幻覚を見ることがあります。従来型の睡眠薬ゾピクロン(アモバン)を光学分割して得られたエスゾピクロン(ルネスタ1㎎、2㎎、3㎎)は低力価に抑えられているため副作用の発現リスクは低く、半減期5.7時間、高齢者は若干延長し8時間強のため夜間の睡眠時間にほぼ作用するので高齢者には使いやすいですが睡眠作用は弱いです。

6)私があみ出した非睡眠薬の組み合わせ

・トリプタノール錠10~25㎎(アミトリプチリン)
最初はうつへの薬効が発見されました。この薬はてんかん、三叉神経痛の特効薬であるテグレトールと構造式が近似しています。脳内ホルモンであるノルアドレナリン・セロトニンを増やすことにより、脳幹中脳から脊髄後角に至る下降性疼痛抑制系を賦活化させ、強い鎮痛・鎮静作用を発揮します。鎮痛効果はリリカ・トラムセットより強く、癌性疼痛に使用されます。片頭痛、睡眠障害、夜間頻尿、夜尿症にも使われます。

・デパケン錠、セレニカR錠100~200㎎(バルプロ酸ナトリウム)
GABAトランスアミナーゼ阻害作用によりGABA濃度を上昇、またドパミン濃度も上昇させ脳内抑制系を活性させ鎮痛・鎮静作用を発揮します。不機嫌易怒症に対する気分安定化作用、てんかん、片頭痛の特効薬として知られています。神経内科、心療内科、精神科、ペインクリニック領域において世界的に広く処方されています。

・ランドセン錠、リボトリール錠0.5~2㎎(クロナゼパム)
世界的に例外的に、毎年高い使用頻度で、幅広い診療科で最も多く処方される薬です。(exceptionally high use as millions of prescriptions)
リボトリールはGABAの神経抑制作用を増強することで抗けいれん、筋弛緩、鎮静、抗不安作用を発揮します。臨床上はミオクロニー発作、欠神発作、パニック発作、片頭痛発作、ムズムズ脚症候群、さらに扁桃核から大脳辺縁系の鎮静化作用により恐怖、悪夢、レム睡眠行動障害に効果を発揮します。

・インデラル錠10㎎(プロプラノロール)
1966年Rabkinが片頭痛への有効性を発見、高血圧、頻拍性不整脈に対する効果、抗不安作用など循環器、神経内科、心療内科等で幅広く使用されています。交感神経β受容体に対する抑制作用は強く、自律神経の興奮、イライラを鎮静し調整します。

・リスパダール錠0.5~2㎎(リスペリドン)
セロクエル(クエチアピン)
保険適応は小児自閉症と統合失調症ですが、保険適応外処方の多い薬です。睡眠を深める作用もあり、他剤との相互作用も少ないので、少量処方なら難治性の異痛症、睡眠障害などに有効です。リスペリドン、クエチアピンは気分安定作用を有する薬です。本来なら気分安定化薬に分類されるべきですが、日本では抗精神病薬に分類された不都合な歴史を持っています。リスペリドンはドパミン作動性D2受容体への結合親和性よりもセロトニン作動性5-HT2a受容体に対し10~20倍高い親和性を持っており、思考安定し気分障害を改善します。もう一つの作用は、橋青斑核A6神経にあるα2a受容体に作用し交感神経を鎮静化します。また、興奮覚醒に作用するノルアドレナリンを抑制し安定した鎮静睡眠作用を発揮します。

まとめ

不眠の精神、身体に及ぼす悪影響は計り知れません。不眠に苦しんでいる時は睡眠薬の利と害を考慮した処方が必要です。私はメラトニン3~5㎎を前投与したうえで、気分安定化薬、三環系抗うつ薬、抗てんかん薬など少量組み合わせ調剤します。この処方でほとんどの方は睡眠が改善されます。改善されないときは、非ベンゾジアゼピン系およびベンゾジアゼピン系睡眠薬を使わざるを得ない場合があります。

※60歳以上の高齢者の中には物覚えテストなど認知機能検査を受けていただいた上で処方するケースもあります。いずれにしても、不眠による精神的、肉体的損失を防ぐために、不眠の害と薬の害の折り合う処方が大切です。

※不眠の意外な原因
胃酸を下げる薬、コレステロールを下げる薬を長期にわたって漫然と内服しておられる方の中に、これらの薬を断薬するだけで不眠の改善が見られる場合があります。

参考までに 私が少量リスペリドンを使う理由

ドパミン/アセチルコリン、ドパミン/セロトニンは、拮抗するシーソー関係にあります。セロトニン・ドパミン拮抗薬の脳内ホルモン相互作用については未解決な部分もありますが、かなりの部分で明らかになってきました。私が注目するのは、少量のSDA、リスペリドンの処方はデメリット副作用よりもメリット薬効が勝るからです。
リスペリドンの注目すべき4点の薬効は、
①強い5HT-2A遮断作用、中等度のα2A遮断作用、軽度のD2遮断作用があり、このバランスにより副作用である錐体外路症状を軽減します。
②D3遮断作用により帯状回ドパミン放出が促進され、D2受容体を活性化し意欲を回復します。
③5HT-2A遮断作用は前頭葉の認知と運動機能に関わる側坐核D1を活性化し、認知障害を改善します。
④α2遮断作用は前頭葉におけるノルアドレナリン神経の働きを高め、前頭葉機能を適切化し、認知とうつを改善します。

SDAは睡眠を深くする作用があります。また、リスペリドンは抗α1作用による鎮静化作用があります。クエチアピン(セロクエル)は、リスペリドンとほぼ同様の作用と効果を持っていますが、SDAよりも多くの受容体に適度に作用する多元受容体標的化向精神薬(MARTA)に分類されます。リスペリドンに比べて鎮静作用や催眠作用が強く、肥満を来しやすい副作用があり、糖尿病には禁忌という使いにくさがあります。ミルタザピン(リフレックス)は、ドパミン作用がないだけで、リスペリドンに作用がよく似ており、ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)に分類されますが、抗ヒスタミン作用が強く、眠りに入りやすくしたり深い眠りの時間を増やしたりして睡眠の質を高める効果があります。しかし、クエチアピン同様、体重増加が問題になります。そのため、これらは少量をより意識して処方します。アリピプラゾール、エビリファイはドパミン量を調節する作用があるドパミン・システム・スタビライザー(DSS)と呼ばれ、精神科ではよく使用される副作用の少ない薬ですが、少量処方では効果を実感しにくいため、脳過敏症の治療ではほとんど使用しません。精神科でないため、効果を実感するほどの増量には抵抗があります。少量処方で一番使いやすい精神科薬はリスペリドン、次に使いやすいのがクエチアピンとミルタザピンです。いずれも精神科で処方される用量に比べて相当に少ない量です。